渡辺の自己紹介です / その3.

私は、英語が苦手です。
ある程度の読み書きはできますが、会話は無理。
話せるのは、大阪弁だけです。(笑)

そんな状態にもかかわらず、外資系の監査法人に就職しました。
理由は、給料が高かったから。
仕事は厳しいけれど、給料は高い。
欲に目が眩んだわけです。
当時23歳。
何とかなるやろ!というノリだったんでしょう。

ちなみに、監査法人とは、会計監査を業務の柱とする法人のことです。
上場企業(株式公開企業)は、会計監査を受けることを、法律で義務づけられています。
勤務先のお客様には、外資系企業の日本法人も数多くありました。
また、業種も、商社、製造、流通や金融業と、幅広く揃っていました。

良き先輩に恵まれたおかげで、仕事の厳しさには、すぐに慣れました。
逆に、毎日、仕事が楽しくて仕方ないくらいでした。
日々、仕事を通して吸収する知識や経験が、新鮮だったこと。
砂を噛むような試験勉強と、生きた企業を相手にする実務との違いでしょう。
悔しい思い、不甲斐ない思いも味わいましたが、充実していました。

英語には、最後まで苦労しましたが・・・。

入社して最初の頃は、先輩のお尻にくっついて、お客様を回ります。
仕事も、先輩に指示された作業をこなすだけ。
徐々に責任のある仕事を任されるようになります。
そして、3年も経てば、今度は現場を任される立場になります。
この頃からが、最も仕事が面白くなる時期です。


入社から5年ほど経った頃でしょうか。
今までの充実感とは違う何か、を感じるようになりました。
仕事が辛くなったわけでも、飽きたわけでもありません。
28〜29歳の頃だったと思います。

勤務先の方針に対する違和感もありました。
上司の要求を全うすることが、必ずしも、お客様のためになるわけではない、と感じていました。
以前の勤務先についての、ネガティブな記述は、やめておきます。

”会計監査は、本当に自分がやりたかった仕事なのか?”
そういう思いが徐々に強くなってきました。
自分が選んだ仕事だろう! と言われれば、それまでです。
そう、私が決めた道です。

結局、違和感は日増しに大きくなり、悩んだ末に、監査法人を退職しました。
7年間、多くのことを学ばせてもらった職場です。
良き先輩や同僚達に恵まれました。
会計専門家として、貴重な基礎を築かせてもらった職場でした。

当時30歳になっていましたが、結婚もせず独り者だったことも、決断がブレなかった要因だったと思います。


その後の方向性は、決まっていました。

中小事業者に良質な会計サービスを提供する。
お客様が笑顔に、そして元気になるサービスを提供する。
お客様と共に成長する。

良きナビゲーターになりたい。
これが、当時、ボンヤリと抱いていた理想です。

退職後は、個人経営の会計事務所にて、税務関係に磨きをかけました。
中小事業者の経理や税務申告。節税対策などのコンサルティング業務。
相続や贈与、事業承継に関するコンサルティングや税務申告など。
この事務所は、弁護士との共同事務所だったゆえ、それまで経験したことのない業務も経験させてもらいました。

自分の理想とする方向性を意識しつつ、毎日の業務に取り組みました。
監査法人の頃とは違い、顧客との距離感もグッと近づきます。
お客様の反応が、ダイレクトに伝わってきます。


当初より、独立を意識していました。
最後は、自分の足で歩いてみよう、ということです。

転職先では、4年間お世話になりました。
この間に結婚し、現在は、子供も授かりました。
独立するに際しては、この点で、悩みました。
この先、家族を養っていけるんだろうか?

何とかなるやろ!

これで踏ん切りました。
私が重大な決心をするとき、結論は、いつもこれです。
あれこれ悩んだのは、いったい何だったんだろう、と思います。
楽天家では決してない、つもりなんですが。


合計11年間の勤務時代に培った、仕事への取り組み方、経験は、今も私の貴重な財産です。
これを糧に、自分の理想とする会計専門家へ近づけるよう、精進していきます。

長々と書き綴りましたが、渡辺という人間を、少しでも分かっていただければ幸いです。
ここまでお付き合いいただき、本当に、ありがとうございました。